管理人の湯めぐりウサギです。
今回は、クラウドファンディングサイトCAMPFIRE で見つけた、温泉選びの新基準「湯シュラン」創設プロジェクトについて、私の考えるところを書きたいと思います。
この記事の結論
「湯シュラン」は、泉質だけでなく、源泉から浴槽までの提供方法や 安全性、希少性、環境・文化的価値まで含めて「湯そのもの」を評価しようとする新しい試みです。
一方で、日本にはかつて「天然温泉表示制度」という、浴槽単位で 湯の利用状態を評価する仕組みが存在しました。 その制度は2005年に本格導入された後、2015年に新規受付・更新手続きが休止され、 2019年には発行済み看板がすべて有効期限切れとなりました。
だからこそ、湯シュランを見るうえで重要なのは「星が何個か」だけではありません。 一度つくられた温泉評価制度が、なぜ続かなかったのか。 そして新しいものさしが、どうすれば長く機能し続けられるのか。 私はそこを見届けたいと思っています。
「湯シュラン」とは?
温泉分析書は、湯船の成績表ではない
温泉に行くと、脱衣所の壁に温泉分析書が貼ってあります。泉質、成分、pH、湧出量、湧出時の温度。几帳面な数字が並んでいて、いかにもその温泉の成績表に見えます。
でも、あれは源泉の成績表です。
私たちが実際に肩まで浸かっているのは、源泉そのものではありません。地中から汲み上げられ、配管を通り、温度を調整され、場合によっては薄められ、濾過され、消毒されたあとに、浴槽へ届いたお湯です。同じ源泉を使っていても、届け方が違えば、湯船の中身は別物になります。
では、その届いたあとのお湯を測るものさしはあるのか。
温泉分析書
引湯・加水・加温
循環・ろ過・消毒など
実際に入浴する湯
図:温泉分析書が示す「源泉の情報」と、浴槽に届くまでの「提供・管理」は同じものではありません。
実は、ほとんどありません。
温泉法には掲示の義務があります。2004年に各地で発覚した不当表示の問題を受けて施行規則が改正され、加水しているか、加温しているか、循環させているか、入浴剤を加えたり消毒したりしているか。それぞれについて、その旨と理由を施設内に掲示しなければならなくなりました。
これは大きな前進でした。ただ、あくまで有無と理由の申告です。どれくらい薄めているのか、どの程度の頻度で新しい湯を入れているのか、配管はどれだけ長いのか。程度は書かれませんし、その申告が正しいかを全て確かめるのは困難です。
つまり、温泉法には、加水・加温・循環・消毒などを表示する仕組みがありますが、それらを全国共通の数値で細かく測定し、「浴槽に届いた湯」を横断比較する公的な評価制度とは別物ということです。
天然温泉表示看板の試行運用。浴槽ごとの審査を実施。
新しい天然温泉表示看板が本格スタート。17項目を表示し、6項目を5段階で評価。
新規受付・更新手続きの休止が告知されたとされる。
発行済みの天然温泉表示看板がすべて有効期限切れとなり、看板制度は廃止。
一般社団法人Yuchelinが「湯シュラン」を創設。10月26日に創設0期アワードを開催。
2026年、そこに挑む試みが立ち上がった
2026年9月、一般社団法人Yuchelinという団体が、温泉の評価・認定制度「湯シュラン」を立ち上げました。
公表されている内容によれば、評価するのは浴槽に届いたお湯そのもので、湯の個性、鮮度(提供方法)、希少性、安全性・衛生管理、環境・文化的価値という5つの指標を使います。建物の設備、料理、接客サービスは評価の対象外と明言されています。専門家が現地を調査し、星の数で認定する。初回となる湯シュランアワード2026は、環境省の後援を受けて2026年10月26日に開催され、初年度は三つ星のみを発表するとされています。
評議員会には、温泉評論の草分けである石川理夫氏をはじめ、温泉医学、温泉科学、観光学などの有識者が名を連ねています。認定された施設に金銭的な負担は生じず、評価対象になりうる施設やその事業者、利害関係のある自治体からの協賛は受け付けない、とも説明されています。
設計としては、かなり考えられていると思います。とくに、設備と料理と接客を評価から外したことは大きい。世の中の温泉ランキングの大半は、実のところ宿の総合評価であって、お湯の評価ではないからです。
なお、はじめに書いておきます。私はこの制度に創設メンバーとして少額を支援しました。支援者の名簿は今後公式サイトで公開される予定なので、先に明らかにしておきます。ただし本稿は応援記事ではありませんし、支援は制度の中身を保証するものでもありません。私自身、星が発表されるまで評価を留保しています。
期待と懸念
似た制度は、一度つくられて、そして止まっている
ここからが、この記事を書きたかった理由です。
浴槽の湯を段階評価する制度は、実は過去に存在しました。しかも、業界団体自身の手によってです。
日本温泉協会の天然温泉表示制度がそれです。1976年に始まり、2000年に見直され、2003年から2005年の試行期間を経て、2005年5月から新しい看板の発行が始まりました。
表示の内容は、利用源泉に関する情報と、浴槽の温泉利用に関する情報に分けて全17項目。そのうち源泉、泉質、引湯、給排湯方式、加水、新湯注入率の6項目については、自然度・適正度の目安が5段階で表示されました。審査は浴槽ごとに行われています。
まさに、湯船を測る制度です。
全項目で最高評価を得た施設はごく少数でした。相当に厳しい審査だったことがうかがえます。
そして、この制度は現在、動いていません。
日本温泉協会は平成27年、つまり2015年6月付で、天然温泉表示制度の見直しにより新規受付および更新手続きを休止する旨を告知しました。本稿を書いている2026年9月時点で、再開はされていないようです。
私がこの事実を知ったとき、湯シュランに対する見方が少し変わりました。これは何もないところに初めて線を引く話ではなく、一度引かれて、消えた線を、もう一度引き直す話なのだ、と。
なぜ、ものさしは育たなかったのか
ここから先は、公表された事実ではなく私の推測です。そのつもりで読んでください。
天然温泉表示制度には、構造上の難しさがあったように思います。
まず、申請制でした。施設の側が手を挙げて、審査を受ける。次に、有償でした。ある旅館の主人が、看板は高かった、と率直に書いているのを読みました。そして運営主体は、温泉施設や旅館を会員とする業界団体でした。
この三つが噛み合うと、厳しくすればするほど申請が減ります。
会員を格付けして序列をつける制度を、会員の会費で運営する。評価する側の収入が、評価される側から出ている。この構造では、基準を厳しく保つほど自分の足元が細くなっていきます。悪意の問題ではなく、算数の問題です。
日本の温泉に共通のものさしが育たなかったのは、評価する側とされる側の距離を、誰も確保できなかったからではないか。私はそう考えています。
この見方に立つと、湯シュランの設計が意味を持って見えてきます。申請は不要で、施設からお金を取らず、基準を満たさなければ認定されない。評価される側の外に立とうとしている。
だから、初めて本当のものさしになりうる。
そして同時に、初めて本当の摩擦も生むのだと思います。湯の実態が可視化されて困る立場の人は、必ずいるからです。
格付けは、必ず「選ばれなかった湯」を生む
ここで、私がずっと考えていることを書きます。
星をつけるという行為は、上下をつくります。それは制度の欠陥ではなく、機能です。ものさしとは本来そういうもので、それを責めても仕方がありません。
ただ、日本の温泉宿の多くは小規模で、経営資源に乏しい。そのことは意識しておきたいと思っています。
今後、星がつかなかった湯が生まれたとき、その中には「湯が悪い」のではなく、別の理由で認定に至らない施設もあるはずです。ウェブサイトが古いまま更新されていない。湯使いのこだわりを言葉にできる人が館内にいない。取材が来ないので、外から誰も見ていない。そういう宿は、私が知る限りいくらでもあります。
そして逆の問題もあります。もし星の認定が集客につながれば、人が集まりすぎることによって、別の問題が生じる可能性があります。集まること自体は目的でもありますが、湧出量には限りがあります。人が増えれば、湯を足すか、循環を強めるか、入替の頻度を落とすか、何かを選ばなければならない。評価されたことが、評価された理由を損なうということが、起こりえます。
これは格付けというものにつきまとう、古くからある逆説です。
つまり、こういうことだと思います。
「評価だけでは、温泉は守れない。」
評価と伴走は、別の仕事
以前このブログで、温泉版の関係人口という話を書きました。温泉ファンと温泉旅館が集まる場があって、宿が抱えている課題や、手を貸してほしいことが見えるようになっていて、ファンが自然に支え手に回っていく。そういう仕組みが欲しい、という話です。
湯シュランのことを調べながら、その構想と、格付けという営みが、実はきれいに補い合うことに気がつきました。
評価は、選別です。たくさんの中から、これは素晴らしいと指し示す。
関係人口は、伴走です。指し示されなかったものの隣に立って、一緒に何かをする。
どちらも必要で、どちらも相手の代わりにはなりません。そして、選別する人が同時に伴走することは、構造的に難しい。評価の独立性を保とうとするほど、施設との距離を取らなければならないからです。星をつける人が、その宿の広報を手伝うわけにはいきません。
だとすれば、伴走は別の誰かの仕事です。
そしてそれは、たぶん私たちファンの仕事なのだと思います。
温泉ファンにできることは、星を見て旅先を決めることだけではありません。星のつかなかった湯に、経営でも会計でもデザインでも広報でも、自分の持っているものを持ち込むこと。義務も上下関係も作らず、お互いが心地よい温度感で関わること。対価はお金でなくてもいい。当事者同士が納得できる形であれば。
ものさしができることで、初めて「ものさしからこぼれたもの」が見えるようになります。そこに手が届く人が要る。私はそう思っています。
評価
- 基準をつくる
- 調査する
- 比較可能にする
- 価値を可視化する
伴走
- 課題を聞く
- 不足する資源を補う
- 広報や発信を助ける
- 長期的な関係をつくる
私が10月26日に見ていること
正直に書けば、私はこの試みに続いてほしいと思っています。湯船を測るものさしは、あったほうがいい。分析書と掲示義務だけでは足りないという実感が、温泉に通ってきた年数のぶんだけあるからです。
そのうえで、発表の日に私が見るのは、星の顔ぶれそのものよりも、次の二つです。
一つは、どれだけの湯を調べた中から選ばれたのか。母数が語られるかどうか。
もう一つは、選ばれなかった湯について、この制度がどんな言葉を持っているか。基準に満たなかった、で終わるのか、それとも別の何かを言うのか。
10年前に止まった制度の看板は、いまも全国の脱衣所のどこかに、そのまま掛かっているはずです。更新されないまま、たぶんもう誰も気に留めずに。
新しいものさしが、同じところで止まらないことを願っています。
それから、これは書いておきたいのですが。星がついてもつかなくても、私はあの湯にまた入りに行きます。ものさしは、そのために使うものだと思っています。
※本稿で触れた湯シュランの制度内容、日程、評議員の構成は、2026年9月時点で公表されている情報にもとづきます。今後変更される可能性がありますので、最新の内容は公式サイトでご確認ください。
※天然温泉表示制度の休止に関する記述は、日本温泉協会の告知および複数の公開情報にもとづきます。休止の理由については公表されておらず、本稿の該当箇所は筆者の推測です。



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